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京都の魅力の1つは、幅員の狭い細街路と約4,300本以上もあると言われる行き止まりの通路、袋路の存在です。

京都のまちになくてはならない風景として、観光客にも人気です。

もともとは人々の生活のために誕生した路地ですが、隠れ家のような雰囲気と、京都ローカルな生活を感じられて、最近では、わざわざそういった場所に店舗を持つ場合も増えています。

ところが安全面や市場性という点では、たくさんの課題を抱えています。

路地奥の家は再建築不可の場合が多く、リフォームはできても、原則建て替え・増改築はできません。

というのも宅地などの土地は、緊急車両や避難経路として安全に利用できる道路と接していなければならないという建築基準法があるからです。

建築基準法ができた1950年以前に建てられた家の中には接道義務を果たしていない物件が存在しています。

接道義務とは「幅員4m以上の道路に2m以上接していないといけない」というもので、接していない土地には家を建てることができないと定められています。

基本的に再建築不可物件があるのは都市計画区域内、昔から人々が暮らしていた都市部が中心です。

そのため今も人気の高いエリアです。

その象徴となるのが京都のまちでしょう。

再建築不可の物件を上手に活用することは、京都のまちの魅力を保つ大きな要素になるはずです。

個人的に路地好きな私としては、安全面も配慮しながら、この昔から続く魅力的な路地の存在を生かしてもらいたいと思っていました。

以前から八清さんは会社として取り組んでいますが、今回、下京区中堂寺前田町で「子育て」に特化した袋路のプロジェクトが進んでいると聞きました。

これは官・民・専が三位一体となって取り組んでいる試みであり、同じような問題に直面している人たちにとっても大きなヒントになるはずです。

そこで今回のプロジェクトの事業主体になる八清さんの西村孝平氏、西村さんも所属している都住研(都市居住推進研究会)の会長である髙田光雄氏、森重幸子氏、是永美樹氏、大島祥子氏の専門家に集まっていただき、お話を聞きました。

京都の路地の成り立ち

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794年に平安京が誕生し、中国の都をモデルにして、条坊制一辺約120m四方のまちづくりが行われた京都。

碁盤の目のように大路・小路で区分けされていました。

都市化が進み、大勢の人が集まって住むようになり、まちが生まれ、暮らしや文化が次々に生まれました。

それが京都のまちの路地文化を誕生させたようです。

商売をするのに便利な大通りは自然と商家が並びます。

その裏側にできた空きスペースを利用して共用の井戸やトイレができます。

そこにアクセスするためには路地が必要になります。

「碁盤の目の中に毛細血管のように伸びているのが京都の路地です。

歴史的には、十字状の道を意味する平安時代の言葉に由来する辻子(づし)などと呼ばれてきました。

京都にはいろいろなタイプの路地がありますが、近世になると所謂『不動産業』が生まれて、大店の敷地内に路地と建物がつくられ、現代でいえば社宅や貸家として利用されるようになりました。」(髙田氏)。

大正8年に制定された「市街地建築物法」は日本における全国的な近代的建築法制ですが、その時代は接道間口2m未満の規定がありませんでした。

その後、都市部で借家が急激に増え、それが接道間口2m未満の家が生まれた背景になりました。

「近世から近代にかけて、京都では住宅総数に対する借家の割合は8割で、町のマネジメントを担当する持家は2割程度でした。

しかし、国家総動員法に基づく勅令(1939年、1940年)や戦後のポツダム勅令(1946年)による地代家賃統制令の制定、借地借家法改正(1941年)による地主や家主の解約権の制限、財産税法制定(1946年)による課税などによって、借家経営が成り立たなくなり、大家さんは健全な借家経営ができなくなります。

さらにその後も、持ち家政策が進み、元々は一つの敷地に建てられた借家を、地主が個別に借家人に売却したため、接道間口2m未満の敷地の住戸が多数誕生しました。」(髙田氏)

戦後5年、1950年に制定された建築基準法は、全国各地が戦火に見舞われたこともあり、市街地に限らず、全国の基準を設ける必要性から、市街地建築物法に代わって生まれたものでした。

建築基準法は「国民の生命・健康・財産を守るために建築物の敷地・構造・設備・用途についての最低限の基準を定めたもの」ということです。

つまりは、国民を守る安全性に主目的があり、そのために接道基準も生まれました。

30年近く京都の路地に取り組んできた都住研

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1994年、誰もが住みやすい京都のまちづくりをめざしてスタートした都市居住推進研究会(都住研)。

建築、不動産、建築行政等専門家のネットワークを活かしながら、京都の住まい・まちづくりの課題を解決していくための提案・モデル事業の実践をかさねています。

「京都のまちづくりを研究していますが、そのなかでも重要なテーマとして継続的に細街路を研究してきています。

京都市内には約 4,300 本の袋路があり、これに面する住戸の空き家化や建物の老朽化が進み、安全性の低下や都市防災上の課題となっています。

再建築不可であるために流通が少なく、空き家や遊休地として放置されたままのところもあります。

一方で、袋路は都心部にあり利便性も高くポテンシャルは高い。

また京都は路地があったからこそ、町家が残ったという指摘もあります。

安全性を確保しながら、京都の中に広がる袋路の活用を考えていくことは、京都のまちづくりを考えて行く上でとても重要な課題です。」(大島氏)

そういった問題意識を持って、路地内の建物の更新を可能にする制度の提案や京都らしい住宅づくりの活動を通して、京都のまち並みの保全やまちづくりに長年取り組んでこられました。

「以前、中国の特別行政区であるマカオの路地を研究してきました。

高密な観光都市という意味では京都と似ているかもしれません。

カジノのすぐ横に市民の暮らす路地があって、大通りから一歩入るととても静かな環境が保たれています。

路地は都市居住の形態として、その地域の人々の生活が垣間見れる興味深い存在です。

また路地にはその都市の成り立ちが秘められています。

2012年に東京から京都に引っ越してきました。

驚いたのは、路地の再活用という取り組みに、行政だけでなく研究者や建築家といった専門家と不動産業者が一緒に取り組んでいる例は東京ではあまり見られません。

一般的に路地で可能な計画は大規模なものにはならないので、そんなに収益性がいいわけではないから、収益だけを考える業者や全国展開しているような事業者は関心を抱かないと思います。

そういう点で八清さんのような地元密着型の事業者さんだからこそ可能となる期待感があります。」(是永氏)

現在、都住研が事業主体として、「袋路内子育て支援住環境事業」に取り組んでいるのが下京区中堂寺前田町路地長屋再生プロジェクトです。

「もともとは2014年頃に京都市から『20 数年前の火災で空き地になっている土地の焼け跡の始末・撤去に持ち主の相談に乗ってほしい』と相談されたことから始まりました。

すでに消失しているのでリノベーションで再生するという手法は使えません。

再建築不可という問題に取り組むためには、周辺の建物の所有者との協働、さらに行政と一緒になった取り組みが不可欠でした」(西村氏)

官民専一体で取り組む子育てに適した路地プロジェクト

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出典:都市居住推進研究会

空き家化が進んでいた袋路内の6区画の土地を集約し、長屋建て住宅4戸を供給する取組です。

4戸の住宅は子育て世帯が快適に住めるように、住戸内、路地空間をその仕様で計画・デザインしています。

「2016年から、この場所で住宅の建設がが可能かどうか行政も交えて研究を重ね、2018年から国のモデル事業に採択され、建設に向けたプロジェクトを進めています。

路地空間の活用のために路地奥の空き地・空き家を集約し、そこに住宅を建設、活用するというものです。

2方向避難が確保できるなら、特例許可により建設が可能ではないかという話になりました。

子育て空間として再生・継承することが様々な都市課題を緩和する可能性もあり、モデル事業として実施、その知見を他の路地の再生でも使えるようにしたいと考えました」(大島氏)。

しかし、プロジェクトを進めるにあたり、山積する問題をひとつずつ解決していく必要があります。

「土地の集約という点では所有者が不明になっている土地や国有地(水路跡)も含まれていました。

行政との協働なしには進められなかったと思います。

また特例許可の要件である『路地・まち防災まちづくり整備計画』の作成や近隣の方々の通路の維持に関するご理解も必要でした。

そのために新しく居住する子育て世帯、そして近隣住民が安心して快適に暮らせるための協定書も締結しました。」(大島氏)

なぜ目的を『子育て』にしたのか、その点も伺ってみました。

「もともと日本の都市ではいろいろな生活行為が道空間で行われてきました。

道がコミュニケーションの場だったのです。

私が子どもの頃だって道で遊ぶのはあたりまえでした。

モータリゼーションが進んだ現在、路地は子育ち、子育てという点からも極めて重要な存在です。」(髙田氏)。

クルマが簡単に入ってこない路地だからこそ、安心して子どもたちが遊ぶことができる。

親も子どもが泣いたら、ちょっと表に出て気分転換ができる。

メリットは実に多そうです。

「建築行政というのは自治体がそれぞれカスタマイズしていることが多いですが、京都では再建築不可物件を含めすべての建物に手を入れられる可能性がある状況。

行政の手も届き始め、うまく住みこなす人たちも増えてきました。

その人たちに聞くと『路地空間に住んでみたら、結構いいという』と評価が多いのです。

子どもが家の前で遊べるのは、目が届くし、他の人にあいさつもできる、意外に使い勝手がいいという意見も聞かれました」(森重氏)。

行政と民間、専門家が一致して協力する京都の路地再生

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お話を伺ってみて、つくづく行政と民間、専門家が一致して協力することの大切さを感じました。

自治体によっていろいろ変わる建築行政は、その地域の条件に合ったものである必要があります。

そのためにもお互いに忌憚のない意見が交換される場が必要です。

また1999年施行の建築基準法改正により新たに導入された「連担建築物設計制度」や2018年に成立した所有者不明の土地を公共のために利用可能にする目的の「所有者不明土地法」などが誕生し、少しずつ路地空間の再活用の後押しができるシステムが整いつつあります。

「事業性としても厳しい点は多いです。

路地は工事車両が入れないので、建築費用が2割か3割は上がります。

近年、資材の価格もあがっていて下がることはありません。

すでに工事が始まり、今年完成予定ですが、正直ここまでよく来たなと思います。

都住研と一緒に取り組んだから続けられたと思います。

路地再生の一番大変なところが集まっていましたが、これを超えたら、他でも袋路での様々な課題について事業を通して解決できるモデルケースになると思っています。」(西村氏)

路地に多い再建築不可物件は、問題は抱えていますが、都市部の利便性のいい場所に存在することが多いです。

その隠れた価値に陽をあてて、再活用することは、京都だけではなく全国的に必要とされているはず。

地域に合ったカタチでの解決策を探す、いいきっかけになると思います。

※下京区中堂寺前田町路地長屋再生プロジェクトは、「令和4年度 人生100年時代を支える住まい環境整備モデル事業」を受けて実施しています

【終了しました】全国路地サミット2023、京都で開催

2003年より年に一度、全国で路地のまちづくりをしている人たちが集まり、「路地のまちづくり」の活動報告、それぞれの地域の魅力や問題点・課題の議論など情報交換をするイベントです。

今回は京都で開催、路地再生の取組みが進められている市内各所(商業地、住宅地、密集市街地等)において路地まちあるきを予定、相互に情報共有し議論を深め、実践的なまちづくりに寄与することを目的として開催します。

お話を伺った都住研のメンバー

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  • 髙田光雄(都住研 会長/京都美術工芸大学 教授/京都大学名誉教授)<真ん中>
  • 是永美樹(都住研 運営委員/京都女子大学 准教授)<上右>
  • 大島祥子(都住研 事務局/京都光華女子大学 准教授/スーク創生事務所代表)
    <上右から2番目>
  • 森重幸子(都住研 運営委員/京都美術工芸大学 教授)
    <上左から2番目>
  • 西村孝平(都住研 運営委員/八清 会長)<下左>