そう遠くはない昔、昭和という時代。
今年は昭和100年の年にあたると言い、テレビや書籍などでも特集が組まれているのを目にします。
普段から昭和築(中には明治・大正築も)の京都の町家を取り扱っている八清で働いていると、そう遠くない昔、という感覚で昭和を身近に感じられますが、100年前に始まった年号だと聞くと、そんなに昔のことだったのかという近代史に触れるような感覚を覚えるのは不思議です。
そんな、身近だけど少し昔の昭和に焦点を当て、「東京」という場所でその頃の面影を探す研修に出かけました。
昭和のくらし博物館
私が学生の頃、日本の家具や生活の歴史を調査・研究されている小泉和子先生のもとで学んでいたことがあります。
そんな小泉先生の生家である、昭和26年に建った住宅を保存・展示してあるのが「昭和のくらし博物館」。
今回の研修テーマを考えた時、初めに思い浮かんだのがこの施設です。
駅を降り、閑静な住宅街の中を博物館に向かうと、電柱に「昭和のくらし博物館」の看板を見つけました。
その横にある細い路地を進んだ先に博物館がありました。
門の木戸をくぐった先が昭和26年(1951年)築の主屋で登録有形文化財の建物です。
博物館はもともと住宅のため、周囲もまた住宅に囲まれています。
ですが、駅から歩いてくる道にも、周りの住宅にも、こういった古い建物はあまり見当たりません。
京都に普段住んでいると、古い建物を見るのはそう珍しくはありませんが、東京近郊の住宅地で古い建物を残すとなると、難しいことがいろいろとあるように想像されました。
博物館は昭和のくらしの様子を残し、伝えています。
昭和の頃はどのように生活が送られていたか、実際に使われていたものや、復元したものを展示しながら説明してあります。
(※以下、室内の展示については、博物館の許可を得て撮影しています。)
例えば2階の子供部屋では人形遊びのおもちゃが展示してあり、ちゃぶ台には様々なデザインの紙の着せ替え人形が並べてありました。
お庭には昭和の遊び道具が出してあり、けん玉やフラフープ、ホッピングや独楽、縄跳びなどに触れられます。遊びの道具は一緒に行った子供たちもすぐに気に入り、お庭でひとしきり遊ばせてもらいました。
博物館ではあるのですが、もとが住宅のため、子供らはまるでおばあちゃんの家に行った時のようにくつろいで楽しんでいました。
おばあちゃんの家、と書きましたが、ここに置いてあるのは昭和に使われていたものばかり。
テレビでなくラジオが置かれ、照明にしても小さなものが使われています。
台所には竹のザル。
今はどこにあっても当たり前のプラスチック製品はほとんど見当たりません。
畳の上に座ってちゃぶ台を家族で囲む家族だんらんの風景からは、食器などの小さな小物を通して暮らしの様子が想像できます。
この博物館は、昭和のくらしを描いた映画「Always三丁目の夕日」とまさに同時代で、戦時中のくらしを描いたアニメ映画「この世界の片隅に」の制作協力もされているとのことで、私たちが普段見ているエンターテイメントの世界に、昭和に確かにあった暮らしのリアルな様子を伝えておられます。
実は私は10数年ほど前にこの博物館を訪れたことがあるのですが、その頃と今とでは昭和に対する感じ方が少し違っていました。
10年前は、昭和をそんなに古い時代とは思わなかったのですが、今訪れてみると、プラスチック製品を使わない生活、少ないものを大事にしている生活、大変な家事労働をするのが当たり前、という現代とは全く異なった生活があったことに今更ながら気づきました。
スマートフォンで様々な情報やサービスに触れ、モノにあふれた今を生きていると、そんな時代の生活があったことをつい忘れてしまいます。
普段扱っている町家にも、建物の記憶のようなものが残っていて、古い良さはあるのですが、そこでどんな暮らしが営まれていたかまでは思いが至らなかったように思います。
暮らしの様子を想像してみることで、その住宅についてもより深い理解ができるのではないか、今回のこの博物館の訪問を通して、そんな考えを持つことが出来ました。
また機会を作り、博物館を訪れて昭和を振り返ってみたいと思います。
この博物館のくらしの哲学「家をのこし くらしを伝え 思想を育てる」
昭和のくらし博物館
東京都大田区南久が原2-26-19
昭和33年築の東京のシンボル
博物館では昭和のくらしを感じました。
次の研修先は、昭和の象徴的な建物、東京タワー。
東京スカイツリーが出来たことで、ますます昭和の面影を濃くしたように思える建造物。
昭和33年(1958年)、高度経済成長期に作られ、今も東京のシンボルとしての存在感があります。
その昔の景色と、今の景色は違っているのかもしれませんが、昭和を感じられるスポットとしてはこの上ない場所ではないでしょうか。
館内のエレベーターを昇る前には、映画「Always3丁目の夕日」のジオラマ模型の展示がありました。
東京タワー建設中という時代設定で、瓦屋根の並ぶ下町の風景が再現されています。
今のまち並みと全く異なる屋根瓦の並ぶジオラマを見ていると、こんな時代に巨大なタワーが作られていたことに、昭和のエネルギーを感じました。
この日も観光地として、国内外からたくさんの人が訪れていました。
今回の研修先の中で最も人が多かった場所です。
エレベーターを降りた先には、東京を一望する景色。
春の空気が霞みがかっていて、晴れているけどあまり遠くまでは見通せなかったのが残念でしたが、巨大なまちを実際に俯瞰しているのに、テレビでよく見る東京のビル群のワンシーンを見ているような、何かリアリティのない感覚になったのが面白かったです。
パリのエッフェル塔を模したとされる鉄骨のタワーは、遠くから眺めた時のシルエットに繊細な印象を受けますが、近くで見ると武骨な佇まい。
下から見上げると、建物としての力強さが感じられました。
東京タワー
東京都港区芝公園4丁目2-8
レトロで不思議な雰囲気の木造階段
続いての研修先は、東京で訪れてみたかった施設の一つ、東京都指定有形文化財「百段階段」。
昭和10年(1935年)に作られた木造の建物で、そのレトロな佇まいと、奥へ奥へと続く階段の何か不思議な雰囲気を見てみたいと思い、研修先に選びました。
階段はホテル雅叙園東京という、目黒駅近くのホテル内にありました。
不思議な作りの階段は、途中途中にある宴会場を結んでいます。
ホテルの土地の地盤が固く、この建物が坂道のような地形の場所に建っているため、宴会場を階段で結ぶ、という作りになったと案内には書かれていました。
木造の階段は、お客様の通る場所として作られているためか、幅の広い造りで、3人ほどで並んで歩いてもまだ余裕がありました。
歩くときに木がすこし軋む音がして、それもまたレトロな雰囲気をまとわせているようです。
階段途中の宴会場には部屋ごとに異なった趣向の意匠が施されています。
宴会場は当時としては天井高のある広い空間で、欄間や天井を埋め尽くすように日本画で飾られ、大きな床の間にはそれぞれ異なったしつらいが見られます。
「昭和の竜宮城」と呼ばれていただけあり、絢爛豪華な室内意匠は非日常な感覚を覚えました。
訪れた時には「猫」をテーマにした作品展示「時を旅する福ねこ at 百段階段」が行われていました。
レトロな階段を登った先にある猫の作品を見ると、どちらも不思議でちょっと怪しげな世界観がマッチしていて、この場所をうまく利用して美術館のように見せているのが面白いなと感じました。
この日は着物で訪れている方も多く、昭和レトロな雰囲気で写真を撮るスポットとしても人気があるようでした。
この階段そのものが指定有形文化財。
木造建築の階段で指定を受けている建物はそうないので、他にはない空間を体験することができました。
東京都指定有形文化財「百段階段」
東京都目黒区下目黒1-8-1
※企画展開催期間のみ見学可能
昭和レトロな「街」を体験できるホテル
宿泊には、昭和レトロな「街」を楽しめる「OMO5東京大塚 by 星野リゾート」を選びました。
山手線「大塚駅」前にホテルはありました。
駅からすぐの立地がわかりやすく、子供連れにも便利です。
ホテルのフロントロビーは4階にあり、ホテルからもまた山手線の電車が走る様子が見られます。
東京にあまり縁のない私にとって、大塚駅という場所がどんなところか予備知識は全くありません。
そこで、このホテルで開かれているガイドツアーに参加することにしました。
星野リゾートと言えば、宿泊にプラスして様々な「体験」が出来る施設、というイメージを持っていたので、宿泊している間に色々な体験をさせてもらおうとも思っていました。
集合は、ホテルのロビーにある大きなガイドマップ「ご近所マップ」の前。
イラストや色使いがポップで、眺めているだけでワクワクします。
そこからホテルのスタッフの方と歩いて出発。
和菓子屋さんや鮮魚店、神社や銭湯などを案内されながらぶらぶらとまちを歩いてみると、はじめて訪れた場所なのに、懐かしい気分。
まるで地元の人になったような感覚で街を見ることができました。
途中で立ち寄ったお茶屋さんでお土産を買ったり、レトロな焼き鳥屋さんで夕食を買って食べてみたり。
案内されたのは魅力あるお店ばかりだったので、スタッフの方に、地元のお店はどうやって見つけるんですか?と聞いたところ、「実際に足を運んでいます」と意外とアナログな答えが。
自分たちが良いと思ったお店、紹介したいと思うお店を選んで、そのお店に何度も足を運んでお互いの信頼関係を築いているそうです。
地元の人と「つながり」を持ち、施設だけでなくその街の魅力を発信されているのは、八清の仕事にも通じるものがあり、見習う部分も多く、良い刺激を受けました。
他にも、ホテルのロビーで昭和歌謡を流す「オーツカ下町DJナイト」で、山手線の電車が走る夜景を見ながら昭和の音楽を楽しみました。
桜とバラの良い香りのする「バスソルト作り」にも子供と参加。
どの体験も気軽に参加でき、思い出に残る滞在になりました。
部屋は「やぐらルーム」という面白い造りでした。
部屋の中に大きな2段ベッドがあり、下はソファベッド、上にはベッドが置かれています。
広々した部屋というのではないのですが、こもり感が心地よく、階段や2段ベッドには木材が使われていて、落ち着いて過ごすことが出来ました。
廊下をスクリーンカーテンで仕切ると脱衣所に変わったり、部屋の窓際がテーブルのように使えたり、階段の下を町家の箱階段のように使っていたり、ドライヤーやタオルの収納は棚ではなく吊り下げられていたり。
空間を使い切るアイデアに初めは驚きましたが、慣れてくるとミニマムな部屋を魅力的に感じるようになりました。
子供たちにとっては憧れの2段ベッドだったので、部屋を見た瞬間からはしゃいでいて、すっかりこのホテルを気に入ったようでした。
OMO5東京大塚 by 星野リゾート
東京都豊島区北大塚2-26-1
東京で感じた昭和の面影
今回、古いものが多く残るまち、京都ではなく、新しいものが次々と生まれるまち、東京で様々な施設を訪れ昭和の面影を探して得た気づきは、昭和という時代の面白さでした。
古い物やその時代だからこそ出来たこと、建物や場所、エリアには、現代にも通じる価値を残していて、レトロブームに乗るだけでなく、これからの時代に残して伝える価値があるものがいくつもあるのではないかと感じました。
時代が変わっても良いものは良い。時代が変われば全て古くなり、忘れられていく、のではなく、その時代ならではの面白さがあることに価値を感じていくことも、これからの時代に必要なことなのではないかと思いました。
これからも、築年数の古い建物や、その時代の空気を感じる建物に出会った時に、「面白い」という目線をもって、大事にしたい部分は深掘りしながら丁寧な紹介をしていきたいと改めて思いました。
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