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歴史上、芸術上、学術上価値の高いものを総称する「有形文化財」。

このうち、50年を経過した歴史的建造物で、一定の評価を得たものを文化財として登録されたものが「登録有形文化財」です。

平成8年に誕生した制度で、1万3,000件を超える建造物が登録されているなか、旅館・ホテルを営む施設は130軒余。

今回の出張研修は貴重な「泊まれる文化財」に宿泊し、その魅力をじっくり体験してきました!

研修の舞台に選んだ地は兵庫県「城崎温泉」。

1300年前の古より旅人で賑わい、志賀直哉や与謝野晶子などの文人墨客にも愛された山陰随一の歴史ある温泉地です。

志賀直哉「城の崎にて」が生まれた旅館 三木屋

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創業350年を超える日本旅館「三木屋」。

大正14年の北但大震災によって一度倒壊してしまいましたが、昭和2年に再建されました。

玄関のある東館は現在では希少な木造3階建です。

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玄関を入り正面に望むのは300坪の日本庭園です。

こちらのお庭は志賀直哉の小説「暗夜行路」に描かれ、当時の姿を今も残しています。

建物はこのお庭を囲むように建っており客室からも広大な姿を楽しむことができます。

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客室から望む庭

志賀直哉は、大正2年30歳の時に山手線の電車に轢かれ大怪我を負い、養生に城崎温泉を訪れ、三木屋へ約3週間逗留したそうです。

その間に目の当たりにした蜂、ネズミ、イモリの3つの生き物の死と、九死に一生を得た自分とを照らし合わせて名作「城の崎にて」は執筆されました。

昭和2年の再建以降も幾度となく三木屋を訪れ、お気に入りの26号室は現在も当時のまま残されています。

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志賀直哉が愛した三木屋は、決して派手さはないですが日本旅館らしい落ち着いた情緒が館内に漂います。

登録有形文化財の制度が創設された背景には、国や自治体が「指定」する文化財(重要文化財など)になると「釘1本自由に打てない」など所有者にさまざまな制限がかかり、指定されるのを敬遠してしまうことがありました。

そこで保護だけでなく、ある程度所有者が自由に改変し、活用もできる新たな文化財のあり方を目ざして登録有形文化財が創設されたのです。

この三木屋ではロビーにライブラリーを設けたり、元の内湯に加えて貸切の家族風呂を増やしたりするなど時代のニーズに合わせてリニューアルが行われています。

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庭を眺めながら寛げるライブラリー

上質な和の空間 西村屋本館

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続いて滞在したのは創業160年の日本旅館「西村屋本館」。

2012年トリップ・アドバイザーで「100年以上の老舗宿・日本一」に輝き、また2007年と2013年には英語圏シェアNo.1のガイドブック「Lonely Planet Japan」では"Best Ryokan"にも選ばれている日本を代表する旅館です。

本館の正門と外塀、木造二階建ての大広間棟、そして昭和35年に数寄屋建築の巨匠、平田雅哉氏が手掛けた別棟「平田館」が、登録有形文化財となっています。今回滞在したお部屋は平田館にありました。

平田雅哉氏は大徳寺如意庵をはじめとする数多くの茶室、吉兆などの料亭、旅館や住宅と生涯にわたり数奇屋建築の設計施工に取り組んだ数寄屋建築の巨匠です。

西村屋本館の平田館はお庭と建物が一体となって美しく表現された平田氏の代表作として知られています。

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平田館はどの客室からもお庭が眺められるように建物が配置されています。

また、建物も庭の景色の一部と考え、庭を美しく見せるようプランされています。

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客室の窓から見える景色 お庭と建物が調和しています。

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そして目を楽しませてくれる様々な装飾。

その意匠は精緻で斬新なものですが和の空間に溶け込んでいます。

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館内の美需品は季節ごとに替えられ、さながら美術館のようです。

本館には代々伝わる書画や骨董品が納められている展示室があり、貴重な品々を見ることができます。

別棟の平田館だけではなく、本館も見どころがたくさんあります。

中でも圧巻なのが「泉霊の間」です。

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大正14年に発生した北但大震災からの復興の証として建築されました。

桐の格天井など貴重な木材をふんだんにあしらった空間になっています。

100畳敷の広間は、当時山陰最大の宴会場と言われていました。

当時は畳敷きでしたが、現在は板張りに改装され、モダンな雰囲気になっています。

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会場に掲げられた「泉霊」の書は、第29代内閣総理大臣の犬養毅(雅号 木堂)が震災からの復興を祈念し、持参した自らの筆と硯でしたためた直筆の書です。

文化財は保存から活用の時代へ

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文化財を維持・継承するためには保存するという考えが一般的でしたが、時代の変化によりそれだけでは未来に残すことが困難になってきています。

この状況の打開策として文化財は「活用して守っていく」という考えが広まりつつあります。

文化財の所有者は公開や見学などの手法でしか集客できませんでしたが、「文化財登録制度」を利用することにより緩やかな保護を受けつつ、一部をカフェにしたり、宿泊施設を付随させたり新たな価値を付加することができます。

今回訪れた施設はもともと宿として営業していましたが、文化財としての顔と旅館としての顔が共存して地域や人々に愛されていました。

京都が誇る京町家もうまく活用して未来につなげていきたいと改めて思った研修になりました。

余談 個人的ぐっとポイント

西村屋本館で見つけた個人的にぐっと来たポイントです。

庭へ続く建具の縦枠が石の上に取り付けてありました。

縦枠が石より引っ込んでいるため普通なら建具が石にぶつかってしまいますが綺麗に納まっていました。

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まさかと思い建具を開けると石に溝を掘って縦枠に建具がピッタリ納まるようになっていました!

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石の加工大変だったろうな。。。職人さんには頭が下がります。