chapter04路地は子育てに向いている

各地で路地が消滅し続け、その跡には地面から離れた高層マンションなどが建ち、地上のはるか上空で暮らす子どもたちも増えています。
果たしてこれは子どもたちにとって良い生育環境といえるのでしょうか。
路地を残すことは単なるロマンではなく、子どもたちにとって、また子育てをする親(大人)にとってもよいところがたくさんあります。

ここでは、「そもそも路地は子育てに向いていている」というテーマについて、3つの視点から考えてみたいと思います。

1.都市構造との関係

まず、路地はまちのどんなところにあるのでしょうか。
地図を広げて路地を探すと、路地は都市のまんなかにあることに気づきます。
これは世界のいろいろな都市を眺めてみても、おおよそ共通してみられることです。
京都市内の都心4区には、合計5489本の路地があります(森重さん論文より)。

ではなぜ路地は都市のなかにあるのでしょうか。
それは都市の成立の仕方、路地の成立の仕方と関係しています。
都市が発展する過程で、都市に集まって来た人たちの住宅や集まってくる人を目当てにした店舗は、表通りに面して建ち並んでいきます。
表通りだけでは住宅が足りなくなり、表通りから一歩入った奥に入り込んで住宅(長屋)をつくり始めます。
その住宅へのアクセスする通路であり奥に建つ住宅で挟まれた細い通路が、いわゆる路地です。
郊外住宅地で土地をゆったり確保できる場所では、わざわざ裏側に住宅をつくる必要がないので、路地は発生しにくいです(しません)。
つまり、路地は、その都市の歴史が積み重ねられた場所であり、そこに人々が住んできた証である都市組織なのです。
路地で生活するということは、積み重ねられてきた歴史のレイヤーに自分も加わることになり、子どもが生きた学びの場で成長することになります。

京都市明細図昭和2年頃、長谷川家版 出典:近代京都オーバーレイマップ

また、路地は地域の中心部にあるため、周囲には店舗や飲食店などがあり、便利で賑やかな環境に恵まれます。
子どもにとっては、いろいろなものを見たり、音を聞いたりすることができ、とても刺激的です。
子育てをする親にとっても、都市部に居住することで、交通手段も多様な選択肢があり、病気になったときや買い物にも便利です。
子育て中の大人は、地域の施設をフル活用して、地域全体を子育ての場ととらえればよいのだと思います。

2.路地のスケール感は子どもにピッタリ

車が少なかった時代には、道路は子どもたちの遊び場の一つでした。
道路は身近な外遊びの環境で、子どもたちは「みち」を使っていろいろな遊びをしてきました。
道路に蝋石で絵を描いたり、バトミントンをしたり、縄跳びやゴム段、兄弟の乗る三輪車を押したり、いろいろな遊びをしてきました。
誰に教わるでもなく、友達や兄弟がしている遊びを見様見真似でできるようになりました。
広場や公園に行かなくとも、家のそばの車の来ない道は子どもたちにとって身近で安全な遊び場でした。

車社会になってしまった現代では、子どもたちが道路で遊ぶには危険を伴います。
しかし多くの路地は幅員が狭いものや、通り抜けの出来ないものもあり、車が入ってこられないため、子どもたちが安心して遊ぶことができます。
また、就学前の子どもや小学校低学年の子どもたちにとって、公園の広い外部空間ももちろん大事ですが、そこに行くには危険な道路を歩いていかなくてはなりません。
当然、外で遊ぶ機会も少なくなります。
家の前の路地であれば、玄関をあければ目の前に遊べる外部空間があるので、ご飯を食べたあと、昼寝の前、夕ご飯の準備ができるまで、など少しの時間でも子どもたちだけで遊ぶことができます。
一日の生活スケジュールのなかで、細かく外に出て遊ぶことができるのは、一日の時間の変化、季節の変化、時間によるまちの音の変化、など自然と周囲の変化に気がつくような感覚が身につくのではないでしょうか。

左:高層の集合住宅に囲まれた路地で遊ぶ子どもたち(マカオ旧市街)、右:階段状の広場のある路地で遊ぶ子どもたち(マカオ旧市街) 上:高層の集合住宅に囲まれた路地で遊ぶ子どもたち(マカオ旧市街)、下:階段状の広場のある路地で遊ぶ子どもたち(マカオ旧市街)

では、路地あそびはどんな遊びがあるでしょう?
チョークで絵を描く、ケンケンパ、雑草や虫を観察、おままごと、ゴム段、などは昔の遊びかもしれません。
最近の子どもは、ゲームをする、Youtubeを見てダンスを踊るなど、IT機械を使って遊ぶことが多くなっていると思いますが、このような遊びこそ、家の中でやるのではなく、路地に出て外の空気や光を感じるところでするとよいと思います。
路地は遊び場にもなるし、外の空気や光を感じられる身近な外部としての価値も見逃せません。

3.路地のコミュニティ

路地のなかには、1軒の住宅に至る専用路地のものと、何軒かの住宅で路地を共用するものがあります。
後者の場合、路地内には同じ路地に住む人の生活があふれ出てきます。
例えば、植木鉢を置いたり、洗濯物を干したり、自転車を置いたり、路地は日常使いができる便利な外部空間です。
一方で路地を使うときには、となりの人と路地の中をどう使うか、お互い相手を気遣って路地を共用します。
また、お互い生活のスケジュールが異なるため、自分と違う時間の過ごし方をする人がいることを肌で感じ、声や生活音などが聞こえたり、隣人に迷惑をかけないような話し方や音の出し方に気を付けて生活します。
こういった気遣いを、生活しながら自然と学ぶことができる状況がそろっているのが路地です。

また、路地に住んでいると、日常的に挨拶したり、すれ違うときに他愛もないおしゃべりをしたり、次第に打ち解けた関係が築かれます。
隣のおじさんは何をしている人なのかな、向いのおばあちゃんは何が好きなのかな、など親ではない大人の存在に気づき、どう接すればよいのか、親以外の大人との距離感をどうすればよいのか、子どもながらに考え、次第にコミュニケーションできるようになります。
また、路地には優しい人だけが住んでいるわけではなく、大人にもいろいろな人がいる、こんな人にはどう接したらよいか、この人にはこれはしたらあかん、など、子どもながらに大人との接し方を考えるようになるでしょう。
「世の中にはいろいろな人がいる」「皆が自分の味方ではない」ということを、小さいころから感じられる環境である路地は、子どものコミュニケーション力を育む生育環境として、もっと見直されてよいと思います。

また、子どもを育てる大人にとっては、路地のなかに子育てに共感してくれる大人がいれば、こんなに心強いことはありません。
同じような子育てをしている世帯がいればもっと心強いでしょう。
子ども同士が一緒に遊んだり、時には子どもを預け合ったり、子育ての悩みを相談したりすることもできます。
子どもが小さいうちは外出できる機会も限られますが、路地に出るだけで外の空気や音を感じ、一人ではない、と思えるかもしれません。

以上の3点を総括すると、路地には、その都市の歴史的なレイヤーに重なりながら、現代都市の利便性を活用できる位置にあること、車の入ってこない安全な、子どもの身体感覚の成長を促す身近な外部空間であること、小さなコミュニティのなかで、世代や世帯を超えたつながりやコミュニケーション力を育む社会への入口であること、といった子育て環境としての可能性と魅力が備わっているといえるでしょう。

出典:都市居住推進研究会「魅力がいっぱい!路地で子育て」(2019)

都市居住推進研究会/京都女子大学 准教授/NPO古材文化の会会員/一般社団法人園Power社員是永 美樹

路地も建物も時間をつないで未来に残したいと思っています。
一級建築士/京都市文化財マネージャー/博士(工学)