京町家・中古住宅をリノベーションにより上質な空間へとプロデュースする京都の不動産会社 株式会社 八清

序章

2021年の秋、僕たちはまた真実を求めたくなる物件と出会った。不動産と建築を仕事にしていると、時折、あっと驚くような好奇心をあおる物件に出会うことがある。それは京都という歴史都市においてはなおさらだと言ってもいい。どういった経緯でそこに存在し、どういった人が関わってきたのか、紐解くと実はその辺の小説より面白い事実が浮かび上がってきたりするものだ。


はじめてこの家の間取りを見た瞬間、右側の取ってつけたような謎めいた部屋に惹かれた。この物件を紹介してくれた同業者のK氏から、実は著名な芸術家が暮らした家だった、ということを聞いていたため、僕は建物の秘めるストーリーが気になってしょうがなくなっていた。いや、なにかとんでもないストーリーを秘めているんじゃないかと直感したと言ってもいい。だからこの真実を確かめるため、売主様に無理を言って、詳しい話しを聞かせてもらうことにしたのだ。

左京区浄土寺

山が赤や黄に染まりはじめたころのよく晴れた週末、僕たちの車は丸太町通を東へ進んでいた。比叡山の雄大な山並みを背に、とうとうと流れる鴨川を越えれば左京区だ。それにしても左京区は市内でも特に面白いエリアだと思う。古く平安の頃には貴族の遊興の地とされ、文明開化の明治の頃に京都帝国大学が設立されたことから大学の教職員や学生が住み着き、そこかしこに学問と文化の痕跡を残しアカデミックな香りを漂わせている。古い町家や洋館、文化アパートに教会まで、さまざまに建ち並んで面白い。

丸太町通を突き進んでいくと次第に東山の山並みが眼前に迫ってくる。白川通を挟んで東の山手に向かって広がる住宅地。細い道や袋の路地、そしてあの桜の名所「哲学の道」と並行する疎水分水から枝分かれする水路が、まるで毛細血管のように入り組んで走っている。昭和初期頃から徐々に宅地開発されて広がった住宅地は、洛中のいわゆる碁盤の目とは一味も二味も違う界わいである。僕たちは車をコインパーキングに停め、比叡山へ続く山並みに目をやりながら歩いた。緩やかな坂の少し入り組んだ道を抜けたところから、ほんの少し傾斜を下がった路地にその家はあった。

芸術が生まれる家

ぐるりと囲われた板塀の向こうに、艶のある赤茶けた屋根瓦が目に留まる。少し苔むした石の路地に面して建つ板塀の間に、積まれたレンガの門柱に年季の入った木製の門扉。さすがに年月を経てくたびれてはいるが丁寧に住み継がれていることが伺える。門扉を抜けると繊細な格子の出窓が目に入ってきた。壁はモルタルの掛き落とし仕上げで、窓や玄関戸は木枠に格子柄のガラスが入っている。大正10年築という母屋はいわゆる町なかの京町家とは異なり、大正のモダンさと昭和のノスタルジックな空気をあわせ持った近代建築というところだろうか。同時に母屋の東側に佇んでいる四角い箱のような建物が妙に気になった。 僕たちはうしろ髪を引かれながら「中へどうぞ」というK氏の声に促されて、母屋の玄関に足を踏み入れた。
・・・
はにかみながら深々とお辞儀をした売主夫妻が出迎えてくれた。 はじめまして。とお互い緊張した面持ちで挨拶を交わした。

落 海
もともとここに住まわれていた方が有名な工芸家だと伺ったのですが・・・
売主様
ええ、番浦省吾という漆芸家です。漆芸の世界では第一人者として昭和まで活躍した人でした。僕は省吾の孫なんです。
落 海
売主様も漆の仕事を…?
売主様
そうです。ぼくも漆職人ですよ。省吾の子どもや僕を含めた孫たちは工芸の道に進んでいる者が多いですね。第一線で活躍するおじいさんの姿を間近で見ていたからでしょうね。
落 海
なるほど。ここに来る前、インターネット上ではあるけれど、確かに、おじいさんの名前を検索するとすぐに詳細が出てきました。
売主様
ぼくは二十歳のころからここで創作活動をしていました。おじいさんの仕事を間近で見てきましたが、やはり工藝界の人たちの出入りも多かったですね。僕の叔父もここで仕事をしていましたし。昭和57年(1982)におじいさんが亡くなったあともおばあさんと一緒に暮らしながら、アトリエで僕と妻は仕事を続けてきました。
落 海
アトリエというとあの四角い建物のことですよね?謎めいた雰囲気がとても気になっていました。
売主様
そうです。隣の部屋とつながっていますよ。後ほどご案内しますね。

番浦省吾氏はパリ万国博覧会の名誉賞を受けた実績はもちろん、長年、日展の審査員を務めており、漆芸界ひいては工藝界で活躍した人物である。その本人が創作活動に勤しんだのがここのアトリエなのだ。省吾氏本人や省吾氏の姿を見ていた子供や孫たちの、創作に対する努力や思いが重ねられてきたことが強く感じられる。 そう、まさに芸術が生まれる家なのだ。

番浦省吾氏について

閉鎖登記簿の真実

落 海
あの、この建物はもともとは橋本関雪氏に関係があると伺いましたが…
売主様
そうなんです。おじいさんからは、大家さんが関雪さんに近い人だったと聞いています。
落 海
僕たちもK氏からそのことを伺ったときは驚きました。まさか日本画の巨匠の名が聞けるとは。実際に、閉鎖登記簿に残っているかつての所有者は、橋本関雪氏の血縁の方であったことにも驚きました。
売主様
建物は借家として関雪さんが建てられたものなのでしょうね。それをうちのおじいさんが買い取ったということになります。
落 海
そうでしたか。橋本家がこの一帯に借家を持たれていたのかもしれないですね。
売主様
昔の話であいまいなんですが、このご近所にはほかにも日本画家や洋画家が住んでいた覚えがあります。
落 海
ひょっとすると、橋本関雪氏は芸術村のようなものをつくろうとしていたのか・・・?!
売主様
事実かどうかわからないですけど(笑)そうなのかもしれないですね。

この界わいには、古来から変わらない山並みと山すそに建ち並ぶ寺社への信仰、そして新たに通された疎水分水の景観を求めた芸術家や学者など文人が住居を構えたのかもしれない。

ともかく、この建物は橋本関雪が大正期に建築した建物の1つであったことがわかった。

橋本関雪氏について

アトリエの真実

売主様
じゃあ、アトリエの方をご案内しましょうか。

まるで母屋とつながっているかのように建てられているアトリエ。しかも鉄骨…木造の母屋とは全く異質なものである。

落 海
なんていうか・・・圧倒されますね! この大きな吹き抜けた空間。
売主様
そうなんです。おじいさんは、長い間、このアトリエで制作活動を行っていました。実は昭和40年代に、大阪の四天王寺の極楽門に飾られている漆絵壁画「釈迦十大弟子」を制作しています。実はその壁画、あの松下幸之助氏から依頼を受けて制作したものだそうです。
落 海
え?!そうなんですか?またすごい方の名前が出てきましたね・・・!

少し調べれば、松下幸之助氏が明治の廃仏毀釈や太平洋戦争で破壊され廃れてしまった寺社仏閣への寄与を熱心に行っていたことはすぐにわかることだが、まさかここでそんな話が聞けるとは!このアトリエで番浦省吾氏は、松下幸之助氏から依頼された漆絵壁画の制作を行なっていたということか!

売主様
そうなんです。昭和43年ごろ、松下幸之助氏から依頼を受けたおじいさんは、四天王寺の極楽門の漆絵壁画をこのアトリエで制作していました。ここでまた面白い話があって。実はこのアトリエの建物は、おじいさんが松下幸之助氏から依頼された時、3m×4mもの巨大な壁画を制作するならその場所が欲しいと申し出たところ、アトリエを建ててくれた、と言っていました。もしかすると本当に当時の松下電工が建ててくれたのかもしれないですね。
省吾氏の制作風景の写真


まさかそんな話が飛び出てくるとは思いもよらず、その場にいた僕たちはアトリエを前にただただ驚くばかりだった。実際にアトリエの外壁には、玄関戸の上部高さ4mほどの位置に、開口を埋めたような痕跡が残っている。つまり、それだけ高さのある絵画を搬出するための開口であったことは間違いない。 売主様の話しを聞かなければ埋もれてしまっていただろう真実。まさかこんなユニークな事実が隠されていたとは。

これだから不動産と建築は面白いのだ。

<Special Thanks>

事実確認と情報提供にご協力いただき感謝致します。

元売主 様

白沙村荘 橋本関雪記念館 様

株式会社PHP研究所経営理念研究本部 様

僕たちの妄想

この建物が重ねた歴史を紡いでいくことが僕たちの使命だと改めて感じるエピソードばかりであった。古い建物は壊してしまうと、建築基準法の上でも二度と同じものは建てられない。まさに一期一会の出会いなのである。この出会いを大切にして、この家をどんな風に使う人と出会えるのか、これからストーリーを紡いでくれる人を、僕たちは妄想した。

アーティストのための職住アトリエ一体プラン

まさに番浦省吾氏が体現していたような、アーティストが暮らしながら創作するためのプランを妄想した。母屋とアトリエの動線を切り分け、日常の暮らしあるいは客人をもてなす母屋と、創作活動に打ち込むアトリエを想定。まさに職住一体の活用である。創作の合間にアトリエの屋上から、月を愛でてイメージを膨らませる・・・。かつて文人や芸術家が好んでこの地に移り住んだように、芸術やアイデアが生まれる家になるのではないだろうか。

  • Scene.1

    街に開けた職住一体の家

    敷地全体を覆う塀を取り払い、住まいでありながら街にも開けたギャラリーやカフェのように使いたくなる。宅内でも母屋とアトリエの動線を切り分け、プライベートと仕事場を明確にするまさに職住一体の家に。

  • Scene.2

    招きもてなすサロンのように

    日常をゆるりと過ごすダイニング。そして客人をもてなしくつろぐリビング。格式高い室礼の座敷をリビングとし庭園をのぞみながら歓談するサロンのようなイメージ。

  • Scene.3

    創作欲がわくアトリエ

    天井高のある豪快なアトリエ空間は、かつての巨匠のようにぜひ創作の場として活用したい。作品発表の場としてギャラリーをかねてもよし。絵画や陶芸などアート教室を開いて新たな才能を発掘するというのも良さそうだ。

  • Scene.4

    月夜を愛でる屋上テラス

    母屋からブリッジでつながるアトリエの屋上をルーフテラスに。比叡山まで続く東山連邦をのぞむ大自然は、仕事や創作活動の合間の息抜きに癒しをもたらすことだろう。リゾート風インテリアで飾り星空の下で客人をもてなす乙なホームパーティーも。

~ご注意~

1.掲載のイラストはイメージであり、 プランはリノベーションの一例です。

2.当該物件は、リノベーション条件付販売ではございません。

3.設計士や工務店のご紹介についても可能です。ご相談ください。

現状の間取・写真

母屋+前庭・奥庭+アトリエの構成。 アトリエは大正9年築の母屋に接して建てられている。表庭も奥庭も木々が豊富で、梅、椿、山茶花、つつじ、タイサンボクなど様々な種類が育つ。山に近いことから庭木には小鳥が訪れることも。前庭に植わる「サザンイエロー」という木は、毎年冬のはじめに鮮やかな柑橘がたわわに実る。2階は日当たりがよく、特に南北に開けた和室が心地よい。ぜひ寝室におススメしたい部屋だ。




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秘密のアトリエ(左京区浄土寺下南田町)
秘密のアトリエ(左京区浄土寺下南田町)
秘密のアトリエ(左京区浄土寺下南田町)
秘密のアトリエ(左京区浄土寺下南田町)
秘密のアトリエ(左京区浄土寺下南田町)
秘密のアトリエ(左京区浄土寺下南田町)
秘密のアトリエ(左京区浄土寺下南田町)
秘密のアトリエ(左京区浄土寺下南田町)
秘密のアトリエ(左京区浄土寺下南田町)
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秘密のアトリエ(左京区浄土寺下南田町)
秘密のアトリエ(左京区浄土寺下南田町)
秘密のアトリエ(左京区浄土寺下南田町)
秘密のアトリエ(左京区浄土寺下南田町)
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秘密のアトリエ(左京区浄土寺下南田町)
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秘密のアトリエ(左京区浄土寺下南田町)
秘密のアトリエ(左京区浄土寺下南田町)
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秘密のアトリエ(左京区浄土寺下南田町)
秘密のアトリエ(左京区浄土寺下南田町)
秘密のアトリエ(左京区浄土寺下南田町)
秘密のアトリエ(左京区浄土寺下南田町)

エリア紹介

桜の名所「哲学の道」(歩約3分180m)や世界遺産銀閣寺(歩約9分650m)がある、京都でも指折りの観光名所。 周辺にはオシャレなカフェや洋菓子店、飲食店、こだわりの書店やアートギャラリーなどセンスのよい店舗が集まるエリア。物件から京都駅や四条河原町など中心部へは、バス一本でアクセスすることが可能。

★八清Webマガジン スエヒロガリで物件周辺エリアをご紹介しています。


★2022年4月5日関西テレビにて、 哲学の道「関雪桜」についての放送が有りました。





360°写真

クリックorタップしながら動かすと視点を変えることができます。

物件概要

価 格 7,880万円
種 類 中古住宅(連棟2戸1)
所在地 京都市左京区浄土寺下南田町73番5
さきょうく じょうどじ しもみなみだちょう
交 通 京都市バス「南田町」停 歩約3分
京都市バス「浄土寺」停 歩約5分
敷地面積 【公簿】261.12m²(約78.98坪)
私道負担 無し
建物面積 【公簿】1階:98.84m² 2階:37.35m² 延べ:136.19m²(約41.19坪)
【附属建物】物置 構造:木造瓦葺平家建 面積:3.96m²
【現況・簡易テープ測量】
(母屋)1階:約96.51m² 2階:約34.89m²  延べ:約131.40m²(約39.74坪) 
(アトリエ)1階:約36.83m² 2階:約12.71m² 延べ:約49.54m² (約14.98坪)
※未登記有り
建物構造 (母屋)木造2階建 (アトリエ)鉄骨造
築年月 不詳(家屋評価調書に大正10年の記載有り)
間 取 8K+庭+アトリエ
接道状況 幅員約2.55m~約3.14mの東側公道(42条2項)に約4.7m接道
幅員約1.84mの南側通路(非道路)に約12.48m接道
設 備 上下水道・都市ガス・電気
用途地域 第一種低層住居専用地域
法令制限 10m高度地区、山ろく型美観地区、近景デザイン保全区域、事前協議区域、遠景デザイン保全区域、屋外広告物第2種地域、居住誘導区域、既成都市区域、敷地面積の最低限度100m²、法第22条区域
建ぺい率 50%
容積率 80%
引渡し 即日
現 況 空家
地 目 宅地
土地権利 所有権
地 勢 平坦
都市計画 市街化区域
小学校 第三錦林小学校 歩約7分(約500m)
中学校 岡崎中学校 歩約13分(約1km)
国土法届 不要
備 考 ※京建物カルテ取得済み。
※再建築時にセットバックが約6.29m²必要です。
※写真内の動産類は販売価格に含まれません。
※建物は老朽化しているため、使用に際しては修繕が必要です。
※現況と相違がある場合は現況を優先いたします。
※本物件は宿泊施設としての利用不可です。
※本物件は現状有姿での取引とします。
取引態様 売主(★仲介手数料不要!)
担当者 落海(おちうみ) >プロデューサーページ
最終更新日 2022年5月23日(月曜日)
次回更新予定日 2022年5月30日(月曜日)

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