現代の京の町並みの礎となってきた“町家”。その原点は平安時代にあると言われ、
歴史の変遷とともにその形や用途が変化し、今日、町中で目にする町家の形になったのは
江戸時代後期だと言われます。町家をはじめ、日本の伝統的な建築様式は、その時代の
流れに応じて多様に変化してきました。
<“町家”とはどんな建物?>
古くは平安京の成立まで遡ります。平安時代にはすでに、公家(貴族)の住居を「寝殿造」、
安土桃山時代から江戸時代にかけて登場する、武家住宅を「書院造」、茶道用の建物をルーツに
持つ、「数奇屋造」。そして、常に支配される立場の庶民の住宅を総称して「民家」というように、
その用途によって分類されています。 さらに「民家」がより分類され、農業生産を主とした地域の
住宅を「農家」、そして商工業を中心とした都市型の住居を「町家」と呼びます。
「町家」は道に面して建てられていることが多く、平安京成立の頃には“職住一致”の町家の原型と
なるものが発生していたと、文献からも読み取れます。さらに全国各地においても町家の町並みは
残っており。宿場町や旧城下町に多く見受けられ、その代表例としては、岐阜県高山市、滋賀県
近江八幡市、石川県金沢市、奈良県奈良市、広島県竹原市などが挙げられます。京町家に倣い
ながらも、各々の地域の文化や気候などから異なる様式で発展してきました。
特に、京の都を模して碁盤の目に町が作られている地域は、「小京都」と称されています。
<現在の総戸数>
平成10年の京都市の調査によると、旧市街地と言われる「上京区・中京区・下京区・東山区」
の中では28,000軒が確認されていました。しかし現在、より細かく大規模な再調査が行われており
(平成20年秋頃開始、平成22年春頃終了予定
)、前回の調査エリアに加え「北区・伏見区・右京区・
南区」という、拡充したエリアが調査対象とされ、その数も大幅に増えると予想されています。

